労務は「決められたルールを正確に運用する仕事」と見られがちです。しかし**いま企業が抱えている課題の多くは、制度の設計そのものにあります。**運用側にいる労務担当が、企画側へ移るための足がかりを整理します。
賃上げの判断基準が変わった
パーソル総合研究所が2,000名(係長以上および経営・役員)に実施した調査です。賃金を引き上げた/引き上げ予定の企業は73%(2022年の61.8%から上昇)、「改定なし」は**7.8%**まで減りました。
判断する際の要素の上位はこうです。
| 要素 | 割合 |
|---|---|
| 物価動向 | 29.7% |
| 従業員の離職防止 | 26.2% |
| 優秀人材の採用強化 | 24% |
業績は上位に入っていません。
日本商工会議所・東京商工会議所が2,260社に実施した調査でも、賃上げ実施企業の60.9%が「防衛的賃上げ」(物価対応や人材確保が理由)と回答しています。小規模企業では66.3%です。
**賃金が業績の配分ではなく、人材確保の手段になった。**これは労務の仕事の性質を変えます。
何が変わるのか
従来、賃金改定は「業績が出たから配分する」という流れでした。この場合、労務の役割は決まった率を正確に反映することです。
しかしいまは「採用と定着のために上げる」という判断です。すると次の問いが発生します。
- どの層に配分すれば離職が止まるのか
- いくら上げれば採用市場で戦えるのか
- 既存社員との逆転をどう防ぐか
- 人件費全体はどこまで許容できるのか
**これは制度設計の問いです。**そして、答えるには賃金テーブル・等級・評価の構造を理解している必要があります。
その構造を最もよく知っているのは、運用している労務担当です。
企画側で足りていないもの
同じ調査で、人事部の課題として挙がったものです。
| 課題 | 割合 |
|---|---|
| 人員不足 | 45.2% |
| 専門性不足 | 44.6% |
| 企画構想力の低さ | 39.3% |
**企画構想力が3番目に挙がっています。**運用はできているが、設計ができていないという企業が一定数あるということです。
労務が持っている「企画に効く」もの
1. 制度の実際の動き方を知っている
制度は設計図どおりには動きません。例外処理、運用の抜け道、現場の実態を知っているのは運用側です。
企画側で「良い制度」を作っても、運用できなければ意味がありません。運用可能性を判断できることは、そのまま企画の質になります。
2. 法令の制約が分かる
労働基準法、労働契約法、社会保険関連法。制度設計は法令の枠内で行う必要があります。
企画の議論で「それは法的にできません」「この形なら可能です」と言える人材は、議論の速度を上げます。
3. 全社員のデータを見ている
給与、勤怠、等級、異動。労務は全社員の情報に日常的に触れています。
企画に必要なのは、まさにこのデータです。「どの層の残業が多いか」「どの等級で滞留しているか」を、既に見ている立場にあります。
移るための3つの足がかり
足がかり1:運用データを分析して示す
**いちばん確実な方法です。**手元にあるデータを分析し、課題として提示します。
例:
- 等級別・部門別の残業時間の偏り
- 入社後◯年での離職が多い層
- 賃金カーブと、同業他社の求人提示額との比較
**「気づいたので分析しました」という形で提出できれば、それは企画の実績です。**依頼される前に出すことが重要です。
足がかり2:定着の課題に手を出す
アイ・ラーニングが従業員50名以上の企業で新入社員育成に関わる500名に実施した調査では、81.2%の企業が定着に課題を感じています。
要因の上位はこうです。
| 要因 | 割合 |
|---|---|
| 仕事内容と期待のミスマッチ | 56.9% |
| 人間関係 | 53.3% |
| 教え方の統一が欠けている | 42.2% |
そして、**入社後に身につけるべきスキルが「明確化されている」企業はわずか14.2%**でした。
**86%の企業が持っていないものを作れば、それは企画の成果物になります。**入社後3か月の到達目標を文書化することは、労務の立場からでも着手できます。
足がかり3:働き方の制度設計に関わる
パーソル総合研究所が30,614名に実施した調査では、テレワーク実施率は21.4%(前年同期比-1.1ポイント)に低下する一方、実施者の81.6%が継続を希望しています。「原則出社」の指示は2年連続で増加しました。
会社の方針と本人の希望が逆を向いています。
勤務制度は労務の管轄です。フレックス、時差出勤、在宅の条件設計は、労務が主導できる領域であり、そのまま人事企画の実績になります。
転職で移る場合
社内で移れない場合、転職という選択肢があります。ただし求人票の「人事企画」は、企業によって指す範囲が違います。
| 求人票の表現 | 実際の業務の可能性 |
|---|---|
| 人事企画 | 制度設計/要員計画/人事データ分析のいずれか、または全部 |
| 人事制度 | 等級・評価・報酬の設計 |
| HRBP | 事業部門への人事支援。企画より現場寄り |
| 労務(企画含む) | 運用が中心で、企画は一部 |
**面談では「企画の割合はどのくらいか」を具体的に聞いてください。**運用8割・企画2割という求人も珍しくありません。
管理部門特化型のエージェントは、人事の中で採用・労務・制度のどれを指すかを前提に会話できるという違いがあります。総合型では「人事経験◯年」で括られやすい部分です。
まとめ
- 賃上げの判断要素の上位は物価29.7%・離職防止26.2%・採用強化24%。業績は上位にない
- 賃金が業績の配分から人材確保の手段に変わり、制度設計の問いが増えた
- 人事部の課題では企画構想力の低さが39.3%。運用はできるが設計ができていない企業がある
- 労務が持つ「運用の実際」「法令の制約」「全社員データ」は、そのまま企画に効く
- 足がかりは3つ。運用データの分析/定着課題への着手/働き方の制度設計
- 入社後スキルを明確化している企業は14.2%。86%が持っていないものを作れば実績になる
- 求人票の「人事企画」は範囲が曖昧。企画の割合を具体的に確認する
出典・参考資料
- 人事トレンド調査2026 (HRプロ(パーソル総合研究所調査))
- 中小企業の賃金改定調査(賃金改定率4.29%) (労働政策研究・研修機構(日本商工会議所・東京商工会議所調査))
- 新入社員育成・定着課題調査2026 (日本の人事部(アイ・ラーニング調査))
- 2026年7月のテレワーク実施率調査 (求人ボックス ジャーナル(パーソル総合研究所調査))
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