「採用市場は活況です」と「求人は減っています」が、どちらも数字を根拠に語られることがあります。2026年6月の転職求人倍率は2.55倍で前年から0.22ポイント上昇。一方、同月のハローワークベースの有効求人倍率は1.18倍です。さらに5月時点では新規求人が13か月連続で前年を下回っていました。どれも正しい数字です。違うのは、何を数えているかです。
3つの「求人倍率」
採用の文脈で使われる求人倍率には、少なくとも3種類あります。
| 指標 | 2026年の値 | 何を数えているか |
|---|---|---|
| 転職求人倍率(doda) | 2.55倍(6月) | 民間転職サービスの掲載求人数 ÷ 同サービスの転職希望者数 |
| 有効求人倍率(厚生労働省) | 1.18倍(6月) | ハローワークの有効求人数 ÷ 有効求職者数 |
| 正社員有効求人倍率(厚生労働省) | 1.00倍(6月) | 上記のうち正社員に限定したもの |
同じ「求人倍率」という名前でも、母集団がまったく違います。
転職求人倍率(2.55倍)が高く出る理由
パーソルキャリアが運営するdodaの掲載求人と、dodaに登録している転職希望者の比です。2026年6月は前月差+0.11ポイント、前年同月差+0.22ポイントで、求人数は前年同月比**+16.6%、転職希望者数は+6.7%**でした。第1四半期(4〜6月)の平均は2.46倍です。
求人の伸び(+16.6%)が希望者の伸び(+6.7%)を大きく上回っているため、倍率が上がります。ここに現れるのは、転職サービスを使って中途採用をしている企業の需要です。1社が複数のポジションを掲載すれば求人数は増えます。
有効求人倍率(1.18倍)が低く出る理由
ハローワークに出された求人と、ハローワークで求職している人の比です。利用者の層が異なります。 地域密着の中小企業、現業職、パート・アルバイト、離職して求職活動をしている人が多く含まれます。
正社員に限ると1.00倍(6月)、5月時点では0.99倍で8か月連続の1倍未満でした。**「正社員の口は求職者数とほぼ同数しかない」**という状態です。
方向まで逆を向くことがある
水準の差だけでなく、増減の方向まで食い違うことがあります。
| データ | 新規求人の前年同月比 |
|---|---|
| doda掲載求人(2026年6月) | +16.6% |
| ハローワーク新規求人(2026年5月・ツナググループ集計) | -8.9%(13か月連続で前年を下回る) |
| ハローワーク新規求人(2026年6月・厚生労働省) | +3.1% |
注意:ハローワークの新規求人は5月の-8.9%から6月の+3.1%へ大きく振れています。単月の数字で傾向を語ると誤読につながるため、複数月の推移で判断すべきです。この振れ幅自体が、月次データを単独で使うことのリスクを示しています。
業種別に見ると構造が見える
方向の違いは、業種別データを見ると理解できます。
ハローワーク側(2026年5月・前年同月比)で減っていた業種
| 業種 | 前年同月比 |
|---|---|
| 生活関連サービス業、娯楽業 | -16.9% |
| 卸売業、小売業 | -16.8% |
| 宿泊業、飲食サービス業 | -14.4% |
| 建設業 | -10.3% |
| 学術研究、専門・技術サービス業 | -8.1% |
doda側(2026年6月・前月比)で増えていた業種・職種
| 区分 | 前月比 |
|---|---|
| IT・通信 | 105.4% |
| エネルギー | 105.2% |
| 人材サービス(前四半期比) | 112.8% |
| エンジニア(IT・通信) | 105.2% |
| 営業/企画・管理 | 103.4% |
減っているのは消費者向けサービス業、増えているのはITと専門職という構図です。両者は矛盾していません。別の市場を見ているだけです。
なお厚生労働省の6月分では、サービス業(他に分類されないもの)11.5%増、製造業10.4%増に対し、情報通信業6.4%減という結果でした。doda側でIT求人が増えている一方、ハローワーク側では情報通信業が減っているという点は、IT職の採用がハローワーク経由から転職サービス経由へ移っていることの反映と考えられます。
続報:転職求人倍率は2.71倍へ
2026年7月のdoda転職求人倍率は、前月比0.16ポイント上昇の2.71倍となり、7か月ぶりの高水準と報じられました。企業の採用意欲が続く一方、夏季休暇で転職活動が鈍ったことが倍率を押し上げた要因とされています。
| 時点 | 転職求人倍率 |
|---|---|
| 2026年6月 | 2.55倍 |
| 2026年7月 | 2.71倍 |
倍率の上昇が「求人が増えた」だけを意味しない好例です。分母である転職希望者が減っても倍率は上がります。この月の上昇は季節要因を含むため、8月以降の数字と併せて見る必要があります。
同じ7月について、アルバイト時給の動きも報じられています。物流・製造などブルーカラー職では派遣より割安なため採用意欲が強く、1年以上にわたり前年水準を超える状態が続き、7月の全職種平均は1,361円で前年比3.8%上昇とされています。
いずれも有料会員限定記事のため、内訳の詳細は確認できていません。
7月分:横ばいだが中身は動いている
厚生労働省が発表した令和8年7月分(季節調整値)です。
| 指標 | 7月 | 前月比 |
|---|---|---|
| 有効求人倍率 | 1.18倍 | 同水準 |
| 新規求人倍率 | 2.10倍 | -0.06ポイント |
| 正社員有効求人倍率 | 1.00倍 | 同水準 |
有効求人は前月比0.1%減、有効求職者は0.6%増でした。
倍率が横ばいでも、産業別では方向が分かれています(新規求人・前年同月比)。
| 増えた業種 | 減った業種 | ||
|---|---|---|---|
| 製造業 | +6.8% | 宿泊業・飲食サービス業 | -10.7% |
| サービス業(他に分類されないもの) | +5.6% | 卸売業・小売業 | -7.3% |
| 医療・福祉 | +1.3% | 生活関連サービス業・娯楽業 | -6.5% |
全体では前年同月比0.8%減です。
**製造業が6.8%増える一方、宿泊・飲食は10.7%減。**全体の倍率1.18倍だけを見ていると、この17.5ポイントの開きは見えません。自社業種の数字を見るという原則が、そのまま当てはまる月です。
なお都道府県別でも差が出ています。7月時点で群馬県1.30倍(前月比+0.02)、茨城県1.11倍(-0.02)、栃木県1.09倍(同水準)と、隣接県でも0.21ポイントの差があります(日本経済新聞。有料会員限定のため詳細は未確認)。
実務での使い分け
どの数字を何に使うかを決めておけば、混乱しません。
| 目的 | 使う指標 | 理由 |
|---|---|---|
| 中途(正社員・専門職)の競合状況を知る | 転職求人倍率 | 同じ手法で採用している企業の需要が反映される |
| 現業職・パートの需給を知る | 有効求人倍率(できれば都道府県別) | ハローワーク利用層と重なる |
| 正社員採用の難易度を経営に説明する | 正社員有効求人倍率 | 1倍前後という水準が直感的に伝わる |
| 自社業種の需給を知る | 産業別の新規求人(前年同月比) | 全体の倍率では業種差が消える |
| 地域ごとの条件設計 | 都道府県別の有効求人倍率 | 6月時点で福井県1.72倍、大阪府0.96倍と差が大きい |
全体の倍率だけを見て「今年は採りにくい/採りやすい」と判断するのが最も危険です。 自社の業種・職種・地域の数字に落とさなければ、打ち手は決まりません。
採用計画に落とすときの手順
1. 自社の採用区分に対応する指標を選ぶ
正社員中途ならdoda転職求人倍率と正社員有効求人倍率、パート・アルバイトなら都道府県別の有効求人倍率です。両方を同じ表に並べないことが重要です。水準が違うため、比較すると誤読します。
2. 業種別の前年同月比を確認する
全体が改善していても自社業種が減っていれば競合は緩んでいます。逆もあります。ここが打ち手の分岐点です。
3. 複数月の推移で見る
前述のとおり、新規求人の前年同月比は5月-8.9%、6月+3.1%と振れます。3か月移動平均か、四半期の値を使うほうが安定します。dodaが四半期平均(4〜6月で2.46倍)を併記しているのは、この理由からです。
4. 社内資料には出典と母集団を必ず書く
「求人倍率2.55倍」だけを資料に載せると、読んだ人が有効求人倍率と混同します。**「転職求人倍率(doda、2026年6月)2.55倍」**まで書くのが最低限です。
まとめ
- 転職求人倍率2.55倍(doda・6月)と有効求人倍率1.18倍(厚労省・6月)は、母集団が違うため水準が違う
- 増減の方向も食い違う。doda掲載求人は前年比+16.6%、ハローワーク新規求人は5月時点で13か月連続減(-8.9%)だったが6月は+3.1%増
- 減っているのは消費者向けサービス業、増えているのはITと専門職。別の市場を見ているだけで矛盾ではない
- 正社員有効求人倍率は6月で1.00倍、5月時点では0.99倍と8か月連続の1倍未満
- 指標は目的別に使い分ける。全体の倍率ではなく自社の業種・職種・地域の数字に落とす
- 単月の前年同月比は振れが大きいため、四半期または移動平均で見る
- 7月は有効求人倍率1.18倍で横ばいだが、新規求人は製造業+6.8%に対し宿泊・飲食-10.7%と17.5ポイントの開き。全体の倍率では業種差が消える
出典・参考資料
- doda転職求人倍率レポート(2026年6月) (パーソルキャリア)
- 労働市場データレポート(2026年5月度) (ツナググループ・ホールディングス)
- 一般職業紹介状況(令和8年6月分)について (日本の人事部(厚生労働省 2026年7月31日発表))
- 5月の有効求人倍率は1.17倍 (日本の人事部(厚生労働省))
- 7月の中途求人倍率2.71倍 (日本経済新聞(doda調べ))
- ブルーカラー職の時給上昇 (日本経済新聞)
- 一般職業紹介状況(令和8年7月分)について (厚生労働省)
- 北関東3県の7月の有効求人倍率 (日本経済新聞)
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